ネット上をウロウロしていると「ピエール・リトバルスキーはポーランド系フランス人の両親から生まれた子供なのでドイツ人ではない」といった言説に遭遇する。(日本語でも英語でもフランス語でも同じようなのを見たことがある。だから! ベルリン生まれベルリン育ちのロシア系ドイツ人なんだってば!)そして「西ドイツ代表でひとりだけ異彩を放っていたのは、そのようなルーツが理由なのである」という結論が実しやかに続くので妙にパワフルな説得力を得てしまっているのがタチが悪い。まあ、プレースタイル同様に異彩を放つ素敵な名前のせいであるのは間違いありません。
彼のファンが爆発的に増えた頃、フランス流のファーストネームが、そのファンたちの間で非常に受けていたそうだ。理由は「おしゃれでかわいいから」。ときどき”Pierre!”とファーストネームで呼びかけられているのを聞くと、音調が明るく軽やかで、彼のキャラクターには合っていて素敵だと思う。
とはいえ、彼自身は完全に母上の好みで名付けられた名前のおかげで、就学年齢以降それなりに苦労はしたようで「読めない人、ちゃんと発音できない人がいた」(ご本人談)らしい。まあそうだろうな…。プロになってからも「だいたい”ピエール”なんていうフランス式のキザな名前がいかん。ドイツ人なら普通の”ペーター”でいいじゃないか、ムッシュー・ピエール」(フットボール誌「イレブン」1982年11月)などと意地悪な発言をする先輩たちもいて、その度にリティさんご本人も「ええい、めんどくせえ!」と思っていたことだろう、と推察。
パリに移籍した際はイキナリ「フランス流」に振る舞うことを要求され、ギムナジウムで学んだラテン語を試してみたけど通じず、レストランで「ステーキ食べたい」って言ったら魚が運ばれてきちゃうし(一緒にいたチームメイトが「ポワソン!」と言ったのが原因)、フレンチネームだからってフランスと相性が良いわけでもなく...。
ケルンのチームメイトのハラルト・"トニー"・シューマッハーは、初対面のムッシュー(!)に向かって「おまえ、名前が激ムズだわ。ファーストネームは耳慣れないし、ラストネームは長いし」などと、なかなか遠慮のないことを言ったそうだ。
だったらよ、...ということでトニーの「思いつき」でラストネームが一瞬にしてショートカットされてしまい(Littbarski→Litti)、それがそのまま定着したということのようだが、それまでベルリンで親しくしていた人たちはファーストネームのPierreをアレンジして”Pieke”と呼んでくれていたらしい。(なおpiekenというドイツ語の動詞にはチクッと刺すという意味がある。小さいけれどスパイシーな彼には合っている?)ピーケちゃん...なんかのマスコットっぽくて、これはこれで好きかもしれない。いや、寧ろ好き。
作者的には、息子さんのために「ピエール(Pierre)」という名前を選んだ母上の天才的なセンスに驚愕するしかない。一見してフランス語と判る典型的な名前で、なおかつ「アクサン・テギュ」(綴り記号)が含まれないものをドンピシャで選んだように思えるから。そしてpierreには小さな石とか宝石の意味もある。これはもはや素敵以外の何でもないでしょうよ。
そういえば、リティさんは”Michael”というドイツ人的には「耳慣れなくない」ミドルネームがあるわけだけど、そちらを使おうとは思わなかったわけだ。因みに「鬼軍曹」フェリックス・マガトさんの「フェリックス」はミドルネームのほうだったような。(”Felix”は米兵の父上から貰った名前だからかな。ファーストネームは「ヴォルフガング」。)名前が長いと言えばフェルスター兄弟のお兄さんのベルント・フェルスターさん。「ベルンハルト・ゲオルク・ヨーゼフ・フェルスター」がフルネームだったはず...。ドイツ人の名前の圧倒的な格調の高さよ...w